上尾シティマラソン 結果

2019.11.22

陸上競技部

ニュース

上尾シティマラソン 結果

ジョセフ ラジニ レメティキ選手 1位
赤﨑選手 2位(ニューヨークシティハーフマラソン出場!)

第32回2019上尾シティマラソンが、11月17日に埼玉県・上尾運動公園陸上競技場スタート・フィニッシュの上尾市内折り返しコースで行われ、ハーフ大学生男子の部でジョセフ ラジニ レメティキ選手が1位、赤﨑選手が2位(日本人トップ)となりました。これにより赤﨑選手は3月に行われるニューヨークシティハーフマラソンの派遣選手に選ばれました。

試合結果

1位 ジョセフ ラジニ レメティキ
(1年国際・ケニア オファファジェリコ高校)
2位 赤﨑 暁 
(4年経営・熊本県 開新高校)
22位 中井 槙吾
(4年経営・東京都 錦城学園高校)
70位  竹蓋 草太
(2年経営・千葉県 船橋市立船橋高校)
83位  清水 崚汰
(3年経営・群馬県 群馬県立中之条高校)
84位  藤井 拓実
(4年経営・広島県 広島国際学院高校)

麗澤会体育ニュース(19-86:陸上)_01

ラジニ・レメティキ(国際学科1年)優勝

麗澤会体育ニュース(19-86:陸上)_02

今年7月の「第33回サフォークランド士別ハーフマラソン」の1時間3分26秒での優勝に続き、ラジニ・レメティキが11月17日、埼玉県で開催された「第32回2019上尾シティマラソン」ハーフ大学生男子の部において2回目となる優勝を決めた。
今年2月、遥かケニアから来日したラジニ。来日当初は、日本語はもちろん、毎日のアスファルト練習にも体がついてゆけず、苦しい日々が続いた。4月の記録会は散々な結果となり、周囲にも心配な空気が流れた。しかし、日本の生活にも慣れはじめた6月の記録会ではタイムも縮み、山下拓郎駅伝監督から、士別ハーフマラソンへのチャレンジを勧められた。
 
7月、北海道で開催された士別ハーフマラソンでは、招待選手である早川翼選手(東海大学卒)、神野大地選手(青山学院大学卒)を抑え、堂々優勝したラジニ・レメティキ。その結果が大きな自信となった。8月の阿蘇合宿では、850㎞の走り込みを行い、連日20㎞のクロスカントリーでは、1年生ながら先頭にたちチームメンバーを引っ張った。
 
10月の出雲駅伝では3区を任され新記録タイを出したもののチームは9位と目標に届かず、11月の全日本大学駅伝では、区間3位という結果だったが自身は思ったような走りができなかったと振り返った。
全日本駅伝の後、チームメンバーはミーティングを重ね、30名で臨んだ今回の「上尾シティマラソン」。ひとりひとりの意識が高まり、全員が自己新を誓った。
 
11月17日、晴天に恵まれたこの日、ラジニのコンディションもよかった。主将の赤﨑がトップで集団を引っ張りラジニもこの集団の中で10㎞過ぎまでペースを抑えていた。山下駅伝監督には、「とにかく我慢だ」と言われていたのだ。15㎞すぎでスパートをかけた。目の前に広がる視界には誰もいない。北海道の士別マラソンの景色と重なった。あとはゴールを目指すのみだ。来日10ヵ月にして、ハーフ1時間1分23秒で見事2回目の優勝を果たした。ゴール後、振り返ると主将の赤﨑がゴールテープを切っていた。喜びは二重となった。
 
「上尾ハーフは、天気がよく少し登りのあるフラットコースでした。スタートの時に多くの人がいたので大変でしたが、目標を達成することができて幸せです」と嬉しそうに語る。
 
入学後、いや入学前から「日本の大学生として箱根駅伝に出る!」何人、何十人の人から、そう言われ続けてきた。箱根のことは先輩から話を聞いた。何度も映像を見た。その「箱根駅伝」が近づいている。自分はどこまでやれるのか。まだ見ぬ世界への期待が高まっている。
 
チームメイトとは、日本語のコミュニケーションもとれてきた。素直でおちゃめな留学生ラジニは誰からも愛されている。“挑戦者”としての箱根デビューの日が近づいている。
 

主将 赤﨑 暁(経営学科4年)

麗澤会体育ニュース(19-86:陸上)_04

11月17日、上尾シティマラソンでラジニから遅れること23秒。ゴールテープを切った次の瞬間、思わず出たガッツポーズ。「有言実行」ついに目標が達成できた。嬉しさと感動で涙がにじんだ。

ちょうど1年前のその日「日本人トップになりニューヨークシティハーフマラソンに招待される」そう願って臨んだ大会で、10㎞過ぎのまさかの転倒、15位という悔しい結果に終わった。
あれから1年、2019年の箱根が終わり主将を任された。これまでは自分のことを中心に考えてきたが、自分のこと以上にチームを考えていかなければならない。「自分は不器用な人間。どちらかといえばチームメンバー一人ずつに声をかけてフォローするタイプではなく、自分がやってみせる自分の背中を見てついてきてほしいそう思ってやってきました。でも、主将として、夏合宿の頃からメンバーには自分から声掛けするようになり、後輩たちも積極的にかかわるようになってくれました」

当初、出雲、全日本、箱根と21年ぶりに三大駅伝出場の年に自分が主将として務まるのか。「プレッシャーはありましたね。自分自身は記録会のたびにタイムを更新することができ、それが自信につながりました。特に9月、日体大での記録会で28分30秒を切ったときは本当に嬉しかったです」
 
今年3月、岡田正裕監督が退任し、山下拓郎コーチが駅伝監督に就任した。「当初は不安もありました。ただ、年齢が近いからこそ本音で話せることもあり、練習メニューも変わりました。それまでロード中心の練習からスピード練習のメニューが増え、確実に選手の力がついてきたように思えます」
 
「山下監督が、亜細亜大学の現役時代からこれまで駅伝にかかわってきた中でお前は日本人最速だと思う。お前ならできると言ってくださり、それが何よりの励みになっています」
 
出雲駅伝では1区3位、全日本駅伝では3区7人抜きの3位(区間新)と個人の記録としては決して悪くはなかった。むしろ走るたびに力をつけている様子が伺える。しかし、駅伝はチームで戦う種目。このままでは、箱根のシード権も危ぶまれる。全日本駅伝が終わりチームミーティングを重ねた。各自が自分の走りを振り返り、上尾シティマラソンでの目標を定めた。
 
迎えた11月17日、スタート地点に立った。「有言実行」この4文字が頭から離れない。今年こそ目標を達成する。ただそれだけの強い気持ちで15㎞まで集団を引っ張った。スパートをかけた後輩のラジニにくらいつき、必死にゴールを目指す。1時間1分46秒。先にゴールし、優勝を決めた後輩ラジニと拓大、ワンツーフィニッシュの結果となった。個人記録は昨年の1時間3分07秒から1分21秒縮めたことになる。そして、日本人トップとして見事翌年3月のニューヨークシティハーフマラソンへの切符を同時に手にした。
 
ニューヨークシティハーフマラソンについて「本番まで4ヵ月。プロランナーにどこまで通用するか。その後の実業団での活躍につながる走りにしたい」と語る。これまで卒業生の中では、中本健太郎選手、藤原新選手がロンドンオリンピックに出場した。その時はもちろん日本代表のユニフォームだ。来年3月、赤﨑はオレンジ色のユニフォームでニューヨークの街を駆け抜ける。それは本学陸上競技部創設98年、歴史の第1歩となるのだ。
 
「今、自分が走れているのは、監督、チームメンバーはもちろん、熊本県開成高校時代の陸上部の木村龍生監督には大変お世話になりました。そして、何より大会のたびに応援に駆けつけてくれる両親と兄にはとても感謝しています」上尾シティマラソンには、初めて父と兄も一般参加した。そのレースで日本人トップとなりニューヨークシティハーフマラソンを決めたことは本当に嬉しいと笑顔がはじける。
 
まずは、赤﨑にとって最後の箱根となる来年1月、ケガをせず全員が万全の体調で出場したい。「上尾ハーフでは、出場した30名のうち19名が自己新となりました。メンバーも調子を上げてきています」個人の目標がチームの目標となる。「今は、箱根駅伝スタートに向けワクワクが止まらないです。全員がそう思えるようモチベーションを上げていきたいですね」3年連続シード権はもちろん、過去最高順位を見据えている。その表情からは不安は何も見えない。「監督を安心させたいです」今年の陸上競技部のテーマは“挑戦者”チーム一丸となり箱根に挑む。